恋する三隈川

 


生まれて71年間、三隈川を見つめて、育ちました。私の三隈川の思い出は、小学校低学年の頃、可動堰の袂にある鵜の形をした滑り台に始まります。コンクリート製で、鵜が嘴を開けて、その間を滑り降りすものでしたが、鉄棒がついており、子供心に、なんだか白いスベスベした巨大な怪獣ののように思え、怖かったような思い出かありましたが、中学生くらいに取り壊されてしまいました。

そのころは、そこら辺は水泳のメッカで、今のようにプールなどなく、夏になるとたくさんの小中学生が、岸から飛び込んだり、水辺で水遊びをしたり賑わっていました。

 水辺は子供にとって大事な遊び場でしたが、夏になると増える水難事故のせいか、遊泳禁止区域となり、子供たちは居なくなってしまいました。

あれから半世紀、高校、大学、病院時代は川から遠ざかっていました。それでも、苦しいことや思い悩むことがある時、沈み橋の上に立つと、凄烈な瀬の音がシャワーのように、心を洗い清めてくれました。

 当地に内科医院を開業し30数年、特にトイプードルを飼い始めての15年間、毎日朝晩の散歩コースは亀山公園下を通り、可動堰を渡り、中之島公園までの往復コースとなりました。

峻烈な朝焼け、三隈川に沈む真っ赤な夕陽、乳白色の底霧が立ち込める朝、四季折々を感じながら、楽しい散歩を続けております。

 この数年、夏休みに、孫がSUPをしたいと言いだし、お願いして、付き添いに行きましたが、亀山公園の緑に映える三隈川の美しさに感動しました。この子供達が素敵な三隈川を思い出し、もう一度この川に帰ってきたいと思ってくれるなら、どんなに嬉しいでしょう。それまでは、この川が美しい水をたたえて、流れを保つことを望んでいます。




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